一句話該有多…啊(感嘆或替人設想)
- 接續
- 疑問詞(どんなに/どれほど)+ 動詞・い形普通形/な形な + ことだろう/ことか
- 意思①
- 替對方設想,感嘆程度之深どんなに心配したことだろう。他當時該有多擔心啊。
這個字在說什麼
「〜ことだろう」「〜ことか」是感嘆——把程度放大講出來。
どんなに心配したことだろう。他當時該有多擔心啊。
何度言ったことか。我到底講過多少次了。
前面幾乎都會配一個疑問詞:どんなに・どれほど・何度・どれだけ。
兩個的差別很小:ことだろう 偏替別人設想,ことか 偏自己的感慨或抱怨。
它不是在問問題,是在感嘆。
最常錯的地方
它不是疑問句。 「何度言ったことか」不是在問次數,是在抱怨「講太多次了」。不用回答。
前面要有疑問詞。 少了どんなに、何度 這類字,感嘆的力道就出不來。
它偏書面、偏文學。 小說、散文、演講常見。日常聊天講「めっちゃ心配したと思うよ」比較自然。
な形要加な。 ❌ どんなに大変ことか → ✅ どんなに大変なことか。
跟哪個容易搞混
ことだろうvsことか
ことだろう 替別人推想(あの時、どんなに不安だったことだろう);ことか 多半是自己的感慨(どれだけ待ったことか)。實務上常常互換。
ことだろうvsのだろう
のだろう 是推測(雨が降るのだろう=大概會下雨吧);ことだろう 是感嘆,不是在猜。
ことだろうvsなんて
なんて 也能表感嘆(なんて綺麗なんだろう=好美啊),更口語;ことだろう 更書面、更沉。


